たまりば

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2018年05月22日

昭和の異色政治家・ハマコー元議員の秘話


浜田幸一氏(愛称ハマコー)の略歴から話をすすめてまいります。氏は昭和3年、千葉県の内房にある青掘という半農半漁の小さな町で生まれました。父の実家は大地主でしたが父の道楽でつぶれて子供のころは母親が野菜や鰹を売って歩く行商、新聞配達、アサリ堀りとで四人の子供を育てあげた苦労人でした。

浜田氏も学校に通うころ家計を助けるため新聞配達などをやりました。
やがて敗戦後は近くの木更津市にアメリカの進駐軍がきて婦女子などに暴行事件が起きたとき彼は消防団に入りグループをつくり木更津市に乗り込み事件が起きると自転車のチェーンを振り回し米兵を追っ払うなどの武勇伝がありました。そのようなことをしているうちに地元の人から正義感のある人と信頼されるようになり、やがて県会議員へと進んでいき、それを足場にのちに衆議員選挙に当選し国会議員として活躍するようになったのです。浜田氏は思想的には極右思想の持主で気性の激しい性格からいろいろなことが起きたのです。そのいくつかをご紹介いたします。当時社会党の女性問題を抱えた議員が与党を追及すると

「この強姦野郎、自分のスキャンダルを棚にあげてよく質問できるな」
また、与党ながらある大臣に

「大臣、あなたの愛人問題がもちあがっていますが二人もいるとは問題です」
すると大臣は

「浜田君、よく調べてから質問しなさい。愛人は2人でなく3人で、それぞれの女性を心から愛情をもってやってます」

今の時代なら大変な問題ですが当時の政治家は腹のすわった人が多かったようです。
ハマコーさんは私にとっても懐かしい人です。


次はハマコーさんのユニークな選挙運動です。
かって中選挙区時代のときには千葉4区(かっては金権選挙区などと云われことも)で妻の実家がそうでした。
妻からハマコーさんのさまざまなエピソードを聞いてました。
良くも悪しきも個性的な人で選挙区には人気があったようです。ハマコーさんの地区責任者が夜中にソオッと来て

「お宅は何人」
そしてあるものを渡していったようです。つまり実家も金権だったのかも・・・?
ハマコーさんの名刺はお札の大きさです。どうしてかといいますと裏に万札が貼ってあるのです。

選挙区を遊説していた時、田んぼで作業している女性をみつけると革靴を履いたまま田んぼに入り
「やぁーお母さん元気で精がでるねぇー、ハマコーよろしく!」
そして例の大きな名刺を渡します。このお母さん、水の溜まった田んぼに靴も脱がず、ズボンのすそも水につかり、づかづかと入ってきたハマコーさんに感動して、はい一票。
選挙カーの中には、農村地帯を回るときの為に革靴やズボンの替えを数個用意していたそうです。すごいパフォーマンスですね。
最後に最高のエピソードを

ある農村の部落に未亡人になった女性の情報を地区責任者から入りました。
彼はその未亡人宅に入って仏壇に線香をたて拝み女性に
「お母さん、ダンナなくして気の毒だねぇー。寂しいけどしっかりと生きていくんだよ。このハマコー親身になってなんでもやるから・・・」
この言葉に感動した未亡人、ハマコーさんに甘えるように寄り添ってきたのです。その先はご想像におまかせいたします。





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  • Posted by takachan  at 09:31 │Comments(2)

    この記事へのコメント
    koyuriさん、今の政治家は人間的に小ぶりの人が多いような気がいたします。個性的な人が少ないようでハマコーさんのように良くも悪くも、このような政治家がいたら「モリカケ」問題なども、解決していたと思います。
    Posted by takachantakachan at 2018年05月23日 09:41
    ハマコーさんが、生きていて今の政治を見たら、どんなコメントするのか、是非聞いてみたかったですね。

    あまりにトンチンカンな話ばかりでも、ズバッと苦言を呈する人も少なくなりましたし‥‥
    Posted by koyuri at 2018年05月22日 22:35
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      コメント(2)