たまりば

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2018年05月31日

もう、諦めました。ストレスが溜まりました。

みなさま、こんにちは。
私は不思議でなりません。それは昨年2月から起きた森友・加計疑惑問題。それは政治家や家族が関与して知り合いに多大な利益を与えたのか゛政治不信に陥りました。何度も何度も国会中継を見て、政府のすべての関係者の答弁は納得できるものではありませんでした。
疑惑解明に期待していた私。それから一年三ヶ月たち解明されるどころか、無かった文書が出てきたり、次官の発言や愛媛県知事の反論などなど収まるどころか、問題が大きくなっています。
こんな無責任な内閣は始めてです。
「総理はすべての膿は出し切る」

と明言しましたが・・・・
この疑惑の原点は一人の嘘の答弁から始まったと思っています。その後、様々な文書か出て、つじつまを合わせるために、次々と嘘の上乗りを重ね今に至っています。
この一人の嘘の人物が真実を語らない限り解明は終りませんが、これは無理のような状態です。
今後、何度も集中審議をしても意味がなく時間と無駄な労力でしょう。
解明に期待していた私がバカでした。期待するほどストレスが溜まります。

直近の朝日新聞の世論調査では、先日の加計問題で元首相秘書官だった柳瀬唯夫さんの国会での答弁で「疑惑が晴れたと思いますかの」問いに

「83%の国民が晴れていない」とのことです。」

いつまでたっても解明されぬ疑惑、そのうち闇の中へと消え入っていくことでしょう。
しかし国民の中には政権首脳の「態度の悪さ」が怒りとなって爆発するかも知れません。
また、官僚の中にも同様なことが起きることも予想されます。

その時は政権崩壊の日になることでしょう。

☆佐川氏ら38人全員不起訴

ツイッターでは、強烈な意見がありました。
#大阪地検特捜部
https://twitter.com/hashtag/%E5%A4%A7%E9%98%AA%E5%9C%B0%E6%A4%9C%E7%89%B9%E6%8D%9C%E9%83%A8


関連ブログ
「タクシーに乗った議員バッチの女とは」
http://tachikawa.tamaliver.jp/e192033.html
「変な新聞?」
http://tachikawa.tamaliver.jp/e440804.html


ストレス解消に癒し系猫







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  • Posted by takachan  at 09:12Comments(4)

    2018年05月26日

    「どうしよう、貯金が底をつきそう!」

    今回は私の家に相談にきた友人のNさんの話です。Nさんの仕事は大手運送会社の子会社で契約社員として立飛構内でフォークリフトを運転し重量物の仕分けです。彼は昨年の4月の末から極度の腰痛で困難となり欠勤したのです。整形外科の診断では「椎間板ヘルニア」とのことで理学療法を約一ヶ月うけていました。
    しかし、二ヶ月ほどの療養が必要となり会社に健康保険による「傷病手当金」の申請を申し出、書類が届き「療養担当者記入用紙」が届き、さっそく医師に記入してもらい会社を経由して協会けんぽへ送ったそうです。


    この傷病手当金とは今までNさんに支給された給与の「3分の2」が協会けんぽから支給されるのですが申請から支給まで1ヶ月から二ヶ月かかるそうです。
    さぁ~どうしょうか・・・。二人で頭を抱えてしまい、なかなかいい案が浮かんできません。私がトイレに行った時でした。頭に閃いたたのは会社に頼みお金を借りることでした。Nさんにそれを告げると

    「死活問題なので会社に頼んでみます」

    あとはNさんの会社との交渉力にかかってきます。
    借金の借り入れに会社の総務課長を訪れたNさん、
    総務課長と面談しましたが課長の口から

    「N君、申し訳ないが会社には貸付制度はないんだよ。大変だろうが
     自分で金策を考えてよ」

    そしてNさんは再び私の家にガックリした表情で来たのです。
    目はうつろで強い不安感を感じた私。
    Nさんは

    「もうこうなったら餓死しかないよ・・・・」

    この言葉に私の心が動きました。何とかNさんを助けられないか。
    頭の中がクルクル回りました。
    そこで頼りになる上條彰一議員に電話をしこれまでの経過を説明いたしました。


    「Nさんが会社に借り入れのお願いにいったのですがダメでした。
     いつ入ってくるか分からない傷病手当を待っていてはNさんは
     餓死してしまいます。何かいい方法はありませんか・・」
    すると上條彰一市議が
    「私もいろいろ考えてみます。後ほど連絡しますから・・・」

    三十分ほどたったら上條彰一議員からの電話です。

    「傷病手当の支給がいつになるか分からないことなので、休職中は生活保護を受けたらよいと思います。よかったら早速、私が市役所の担当部署に行ってNさんの現状を説明し、その結果を連絡いたしますから」

    私は二つ返事で


    「宜しくお願いします」

    一時間ほどすると、再び上條彰一議員からの電話

    「今、担当部署の人に詳しいNさんの現状を説明しましたので、申請に必要な  書類を説明しますからそれが揃ったらNさんに早めに市役所に行くよう伝えて ください。」
    書類は住まいの賃貸借契約書、預金通帳、印鑑、給与明細書、傷病手当申請書の控えなどでした。
     
    早速、Nさんは書類を揃え、翌日市役所に向かいました。


    一時間半ほどしてNさんさんからの電話です。

    「おかげさまで保護申請がスムースに進み、保護決定をいただきました。保護開始まで若干時間がかかるので「緊急小口資金」を少し借ります。本当にありがとうございました。餓死しなくてすみました」

    電話からNさんのほっとした感じの声が伝わってきたのです。

    そして生活保護と傷病手当で療病生活を送ってきたNさん、四ヶ月後には体調が回復し職場復帰ができました。生活保護の生活に別れを告げ元の生活にもどったのです。

    ☆関連過去ログ

    立川で生活保護者が自殺
    http://tachikawa.tamaliver.jp/e421475.html

    生保・打ち切りで自殺の真相
    http://tachikawa.tamaliver.jp/e421654.html



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  • Posted by takachan  at 09:23Comments(4)

    2018年05月22日

    昭和の異色政治家・ハマコー元議員の秘話


    浜田幸一氏(愛称ハマコー)の略歴から話をすすめてまいります。氏は昭和3年、千葉県の内房にある青掘という半農半漁の小さな町で生まれました。父の実家は大地主でしたが父の道楽でつぶれて子供のころは母親が野菜や鰹を売って歩く行商、新聞配達、アサリ堀りとで四人の子供を育てあげた苦労人でした。

    浜田氏も学校に通うころ家計を助けるため新聞配達などをやりました。
    やがて敗戦後は近くの木更津市にアメリカの進駐軍がきて婦女子などに暴行事件が起きたとき彼は消防団に入りグループをつくり木更津市に乗り込み事件が起きると自転車のチェーンを振り回し米兵を追っ払うなどの武勇伝がありました。そのようなことをしているうちに地元の人から正義感のある人と信頼されるようになり、やがて県会議員へと進んでいき、それを足場にのちに衆議員選挙に当選し国会議員として活躍するようになったのです。浜田氏は思想的には極右思想の持主で気性の激しい性格からいろいろなことが起きたのです。そのいくつかをご紹介いたします。当時社会党の女性問題を抱えた議員が与党を追及すると

    「この強姦野郎、自分のスキャンダルを棚にあげてよく質問できるな」
    また、与党ながらある大臣に

    「大臣、あなたの愛人問題がもちあがっていますが二人もいるとは問題です」
    すると大臣は

    「浜田君、よく調べてから質問しなさい。愛人は2人でなく3人で、それぞれの女性を心から愛情をもってやってます」

    今の時代なら大変な問題ですが当時の政治家は腹のすわった人が多かったようです。
    ハマコーさんは私にとっても懐かしい人です。


    次はハマコーさんのユニークな選挙運動です。
    かって中選挙区時代のときには千葉4区(かっては金権選挙区などと云われことも)で妻の実家がそうでした。
    妻からハマコーさんのさまざまなエピソードを聞いてました。
    良くも悪しきも個性的な人で選挙区には人気があったようです。ハマコーさんの地区責任者が夜中にソオッと来て

    「お宅は何人」
    そしてあるものを渡していったようです。つまり実家も金権だったのかも・・・?
    ハマコーさんの名刺はお札の大きさです。どうしてかといいますと裏に万札が貼ってあるのです。

    選挙区を遊説していた時、田んぼで作業している女性をみつけると革靴を履いたまま田んぼに入り
    「やぁーお母さん元気で精がでるねぇー、ハマコーよろしく!」
    そして例の大きな名刺を渡します。このお母さん、水の溜まった田んぼに靴も脱がず、ズボンのすそも水につかり、づかづかと入ってきたハマコーさんに感動して、はい一票。
    選挙カーの中には、農村地帯を回るときの為に革靴やズボンの替えを数個用意していたそうです。すごいパフォーマンスですね。
    最後に最高のエピソードを

    ある農村の部落に未亡人になった女性の情報を地区責任者から入りました。
    彼はその未亡人宅に入って仏壇に線香をたて拝み女性に
    「お母さん、ダンナなくして気の毒だねぇー。寂しいけどしっかりと生きていくんだよ。このハマコー親身になってなんでもやるから・・・」
    この言葉に感動した未亡人、ハマコーさんに甘えるように寄り添ってきたのです。その先はご想像におまかせいたします。





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  • Posted by takachan  at 09:31Comments(2)

    2018年05月18日

    冷たい給食弁当・心のこもった中学校給食を

    皆様こんにちは、ここ二、三日暑い日でクーラーを使いました。

    先日、立川市議会のネット中継を見ていました。

    上條彰一議員の質問でした。そのテーマは一日も早い中学校給食で上條議員は

    「中学生は体が大きく成長する時期だから、それに合った栄養バランスと温かくおいしい給食を提供するように」

    と市長に求めました。市の計画では市内の9校の中学校と小学校8校分の8500食をつくる大きな給食センターを考えているようです。
    そのため生徒へのアンケート調査で生徒から、さめた弁当ではなく温かいものを、そしてもっとおいしい給食をとの意見です。
    現在の中学校の給食はでは家でつくった弁当と予約して希望者のみが業者弁当を食べる併用外注方式の給食です。



    この話で2年前の孫の中学時代の給食を思い出しました。孫は給食弁当がおいしくないので、母親に弁当を作ってもらい持っていってました。
    母親は朝早く起きて息子の弁当を作るのに、いろいろ苦労していたのを思い出だしました。
    今の時代、主婦であってもパートやアルバイトに出ている家庭も多いと思います。給食がおいしくなれば弁当作りも解消します。
    話がそれましたが一箇所の大きな給食センターの場合、遠い中学への配達でさめてしまった給食になるので、上條議員は市内三ヵ所の給食センターで作れば給食が、さめる問題が解決できるとの提案を市長にしました。






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  • Posted by takachan  at 09:03Comments(2)

    2018年05月12日

    極悪非道・絶対許せない!

    連日マスコミ報道されている、とっても悲しく切ない新潟県の小学生殺害事件。
    こう書いているだけで被害者のご家族、親族の言葉は言い表せない無念の気持ちをかんがえますと余りにも悲惨で悲しく書くことが先に進みません。

    世の中にこんな人間がいることが、とても恐ろしいことです。
    事件の詳細はとてもつらく、ここに書くことはできません。この事件で周囲に与えた影響はとてつもなく大きいと思っています。
    この小学校に在校している児童の皆さんやそのご家族の皆さんです。事件発生以来、児童の小さな胸に突き刺さった恐怖と不安を持ちながら通学している現実。

    私はあまりにも悲しくて、もうこれ以上は書くことはできません。

    今、私に出来るのは被害者の大桃珠生さん(小2)にたいする、この世からのメッセージです。

    「珠生さん、怖かったでしょう、苦しかったでしょう、痛かったでしょう、でも  珠生さん、貴女は浄土の世に移り、貴女の大好きだったお花畑の中にいるとおもいます。このお花畑でゆっくりと過ごしてください。そこからはきっとお母さんやお父さん、そしてお友達とお話できるとおもいます。」

    そして私は遠いところに住んでいますので珠生さんの大好きだった綺麗なお花をささげます。ネットからでもきっと届くことを信じて。
    最後に貴女を殺めた犯人は警察が必ず見つけます。                           
                         合掌


      ☆お知らせ
    5月14日新潟県警によって容疑者が逮捕されました。でも失われた珠生さんの命は戻りません。ほんとうに無念であり残念です。 心から珠生さんのご冥福をお祈りいたします。                               


      


  • Posted by takachan  at 09:32Comments(2)

    2018年05月07日

    娘の出産・未熟児? 助けてくれた恩人

    皆様、こんにちは。大型連休も終わり日常生活に戻りましたね。
    今回は娘がかって体験した異状出産がテーマです。
    私の次女が結婚し妊娠し近くの産婦人科に毎月検診に通院しておりました。
    ただ毎回の検診が医師が違い、娘の気持ちと意思疎通が出来ないようで不安を感じていたのです。
    ところが九ヶ月目に先生から未熟児と云われ驚き、病院を変えるため(立川相互病院)に電話したところ
    「産婦人科のベットの空きはありません」
    とことわれたのです。そこで家族皆で悩んだところ、私の頭に浮かんだのが上條議員でした。今から20年ぐらい前になりますが演説会や道端で会い挨拶を交わすていどの市議さんでした。どことなく誠実感を感じる物腰の低い人柄が印象的でした。
    そしてあるとき市議選になり私の家の近所に選挙事務所が置かれたとき儀礼で挨拶にいったのです。その時、上條さんから
    「何か困ったときや相談がありましたらいつでも云ってください」
    その時は選挙前の形式的なことと思ったのです。(今ではとても失礼とお詫びします)
    上條さんが立川相互病院の職員をしていたことを思い出しました。早速上條さんに電話で事情を説明したところ

    「それは心配ですね。では相互病院に掛け合ってみましょう」


    それから30分ほどで電話があり
    「なんとかベット一つ確保しましたので早速、明日検診に行ってください」
    検診を受けるまでは家族皆が未熟児という言葉が頭から離れません。
    検診日、私たちは待合室で心配しながら落ち着きなく待っていました。時が長く感じて早く娘が終らないかと思いながら・・・。
    やがて娘が明るい表情できました。皆ホッとしました。
    「正常に育っていると先生が云ってました」
    そして先生から上條さんからのお話を聞いてますので相互病院での出産を云われ安心いたしました。
    あとは無事な出産を願うだけです。
    8月の末、無事に出産いたしました。五体満足の元気な、なき声の男の子でした。私たち夫婦にとっても始めての孫で皆で喜びました。

    そうしてこのような正常な出産できた病院を無理してベットを空けてくれた上條彰一さんに感謝の気持ちでいっぱいでした。
    上條彰一さんと町で会ったり電話の時、最初の言葉は
    「お孫さん元気ですか」
    その孫も高校2年生になりました。そして今でも「お孫さん元気ですか」
    の言葉をかけてくれるのです。



    ☆本日(5月10日)本ブログのアクセス数が880000になりました。これもひとえに読者の皆様、ならびに「たまりば」編集局のお陰さまと
      心から感謝とお礼をもうしあげます。
                発行者  takachan
                

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  • Posted by takachan  at 09:51Comments(8)